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ボクの家にファミコンがやってくる。それは長いゲーム人生において、歴史的な日の一つと言えるでしょう。思えばそれが全ての始まりでした。当時はファミコンが全盛期の頃で、テレビでも頻繁に登場していました。ボクは欲しくてたまりませんでしたが、なかなか買ってもらえずにゲームショップのチラシを眺めては溢れ出すゲーム欲を抑えるという日々を過ごしていました。しかし、ボクが小学校に上がった頃、ついに我が家にもファミコン様がやってきたのです。

 

 

やさぐれたファミコン様…


家にやってきたのは新品ではなく、父が知り合いから譲り受けたファミコン様でした。しかもそのファミコン様のやさぐれ感は半端なく、ところどころ大分傷んだ風貌でした。真ん中のカセット取り出しスイッチなんて半壊している状態(今思えば何故あんなところが壊れるのか…)。人間にすれば40後半の場末のスナックで働いているホステスといった感じでしょうか。

しかし、それでもファミコン様がやってきたというのがとても嬉しかったのを覚えています。時々故障したりもしましたが、父が機械に異常なほど強く、すぐに修理をしてくれましたので大して気にもなりませんでした。
問題はファミコン様ではなく、一緒にくっついてきた悪魔たちでした…

 

 

ボクは絶望の淵に立たされた


それは共にやってきた2本のファミコンソフトでした。ファミコン様単体ではつまらないという配慮なのか、ソフトを2本もつけていただいたのですが、そのソフトというのが『北斗の拳』と『北斗の拳2 世紀末救世主伝説』。父の友人はケンシロウのファンだったんでしょうか?

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アクションゲームなのですが、これがまぁ、俗に言うク◯ゲー。おまけに説明書とかも何もなし。貰っておいて何ですが、そこはもうちょっと考慮して欲しかったなぁ…右も左もわからずにゲームを進めていかなければならないのです。ゲーム内でもほとんどヒントは存在せず、とても不親切なものでした。まぁ、昔のソフトというのはそういうの多かったんですが。

幼いなりにもどうにかこうにか食らいつき、何が何でも進んでやるぞという、もはや気力のみでゲームを進めていきました。確かステージ5まで突破したんだと思います。そこまでたどり着いた時、ボクは小学生にして初めて絶望を味わいました。

ケンシロウに飛んでくる棍棒の数が尋常じゃない。一応頑張ってみましたが結局どうすることもできず、あえなくゲームオーバー。コンティニューもなく最初からやり直しです(コンティニューあったかもしれませんが、ボクには分からず)。

どうしてゲームを作っている大人たちはこんな意地悪をするんだろう?当時純粋だったボクは疑問に思いました。そこで出した結論が「ゲームって終わりとか無いんだな」。そしてボクは静かにゲームのスイッチを切り、その日は涙で枕を濡らしました。

 

 

今となっては良い思い出ですが、プレイしたゲームの初体験がクセのある作品ですと、いろいろと間違った認識を持ってしまう場合があるかもしれません。最悪の場合、ゲームなんてつまらない!とゲーム全てが嫌いになることだってあるかもしれません。そうならないためにも、初体験のゲームはくれぐれも吟味しましょう。